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推理作家協会賞選考会報告

昨日は推理作家協会賞の選考会。わたしは長編・連作短編部門の選考委員として出席。

候補作は
『粘膜蜥蜴』(飴村行、角川書店)
『身の上話』(佐藤正午、光文社)
『乱反射』(貫井徳郎、朝日新聞出版)
『贖罪』(湊かなえ、東京創元社)
『追想五断章』(米澤穂信、集英社)

三時間に及んだ議論のあと、二作授賞と決まった。
『粘膜蜥蜴』(飴村行)
『乱反射』(貫井徳郎)

わたしは佐藤正午『身の上話』をいちばんに推した。
佐藤正午は、日常生活とその揺らぎや小さな破綻を描くのがじつに巧い作家だと思う。本作も、「土手の柳」のような主体性のない女性が、意図しないままに自分の周囲に破綻を呼び寄せてゆく過程を描く。謎の語り口も魅力的だ。

主人公に関わる悪魔的な青年の造形に、わたしは北九州一家監禁事件のMを連想した。日常のほころびの中に、静かに、まったく常識人の顔で侵入してくる、この「絶対悪」の描写が怖い。

でも選考会では、推理作家協会賞授賞作としてはミステリ味が薄い、という意見が多数派だった。たしかに、ストレート・ノベルとしても、高く評価されてよい作品だとは思うが。

『粘膜蜥蜴』は、わたしは次点。
初めて読む種類の小説で、出だしではかなり戸惑った。でも、ラストで思いもかけない「愛」と「倫理」の物語として決着したことに呆然。いわば「妄想全開」で書かれた作品と見えたこの作品は、計算された構成と記述とを持っていたのだ。

事実上「筆力のあるアマチュアが書いた」と言ってよい、つっこみどころの多い作品だ。わたしは強く推す選考委員に、理解できなかった部分の解釈を請うたのだけど、その選考委員の言葉「この作品に整合性を求めることは無意味」。そう言われるとそうなのだが。
by sasakijo | 2010-04-24 18:08 | 日記