ここは佐々木譲が開設している備忘録ブログです。日々の暮らしと、本、映画について書いています。


by sasakijo

ニューヨーク日記1

a0019702_19169.jpgニューヨークにいます。マンハッタンはレキシントン街と48丁目の角、ミッドタウンの言わばホテル街の中にあるホテル。
出発前にインターネット接続に関してすがやさまに助言をもらうなどどたばたしましたが、部屋のLANケーブルを持参のモバイルPCにつなぐと、難なく接続しました。 

拙著『ベルリン飛行指令』の英語版『Zero Over Berlin』が、ニューヨークのVertical Inc.という出版社から刊行の運びとなったのです。そのセールス・プロモーション活動のため、ニューヨークにやってきた次第。と書くと、アメリカのブロックバスター作家みたいに聞こえますね。いや、その印象を狙って書いてみたのですが。じつは、さほどおおげさなものではありません。日本でも新刊が出る場合、ときには書店でサイン会をしたり、メディアの取材を受けたりしますが、こちらでも出版社が、書店や日系メディアさんに対して、いろいろ働きかけてくれたのです。

飛行機の中で考えていましたが、ニューヨークはこれで6回目です。最初は87年で、88年にかけて長めに滞在、帰るとき、1年オープンで香港ニューヨーク往復の安いチケットを買って戻り、そのチケットでまたやってきた。それをもう一回繰り返し。それから『ワシントン封印工作』の取材でワシントンDCに行った帰りに寄ったのが1回、さらに友人に呼ばれてきたのが1回ですね。

『ベルリン飛行指令』をいまなら書けるという自信を手に入れたのは、最初のNY滞在のときでした。それまでは構想はあったけれども、自分にはまだまだこれを書けるだけの作家的基礎体力がないと思っていた。ところが、この街で英語学校に通い、新しい友人たちとつきあっているうちに、少しずつ自分に体力がついてくるのを感じるようになったのです。また、早く『ベルリン飛行指令』を書かなければという意欲もどんどん高まってゆく。それで88年、日本に帰ったところで、新潮ミステリークラブの担当S氏に構想を話したのでした。担当氏が了解してくれて、書き出したのが『ベルリン飛行指令』。かなりの勢いで書きました。88年10月には刊行です。というわけで、『ベルリン飛行指令』という作品は、最初のニューヨーク体験と切り離しては考えられません。

夜、V社S氏と、食事をしながら打ち合わせ。S氏は、打ち合わせの場所に、ドイツ料理店を選んでくれました。9番街と51丁目の角、ローレンス・ブロックのマット・スカダー・シリーズの舞台になったエリアの近く。写真は、お店の看板です。
S氏は、『ベルリン』の宣伝用絵ハガキをお店のマスターに見せ、ベルリンも舞台になる小説なので、これをお客に配ってくれないかと頼んでおりました。きめ細かな販促活動。頭が下がります。

ホテルからレストランへ行くのにタクシーに乗ったのですが、動き出してもドライバーはメーターを倒さない。「メーターが動いてないよ」と文句を言うと、黒人のおっさんドライバーは、ばれたかと言うようにカラカラと笑って、7ドルでどうだ、と言う。まあ、そんなに吹っ掛けてはいないかと思いオーケーしましたが、降りてからS氏に確かめると、やはり若干高めだったようです。お上りさんと見やがったな。ああ、ニューヨークだ。
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by sasakijo | 2004-07-12 19:17 | ニューヨーク日記