ここは佐々木譲が開設している備忘録ブログです。日々の暮らしと、本、映画について書いています。


by sasakijo

ニューヨーク日記5

a0019702_205242.jpg左の写真は、古書店ストランド書店。ユニオン・スクエアの南にあります。

7月15日
59丁目の日本クラブで、シンポジウムと懇親会。参加者は40人ぐらいだったでしょうか。あとでわかりましたが、やはりニューヨークのメディア関係者が多かった。
Y編集長が、日本のエンターテインメントがアメリカの読者に紹介されることの意義について語ったあと、三宅氏の司会で、やや硬めの議論。司会者さんの問題意識は「なぜいまわざわざ第二次大戦を背景にしたエンターティンメントを」ということであり、作者としては、『人間の条件』などを例に出しながら、エンターティンメントに求められるバランスについて語る。
質疑応答があって、わたしはこの作品の作品が、自分のニューヨーク体験を通じて生まれたものであることを、あらためて語らせてもらいました。

懇親会のあと、残った読者さんたちとビレッジへ降りて、ライオンズ・ヘッドへ。いや、そのあとにできた55バーに入ろうとしたのですが、満杯。近くのブルースを聞かせる店。ついで、読者のおひとりが一軒文壇バーを知っていると、ベッドフォード通りのCHUMLEY`Sというお店に連れていってくれました。1920年代、スコットフィッツジェラルドとかスタインベックなどが通って本を読み、原稿を書いた店だとか。いかにもウェストビレッジらしい古い民家風の建物(中庭がある)を使ったお店。壁にぎっしりとゆかりある作家たちの本がディスプレイされている。V社S氏が、『Zero Over Berlin』をマスターに見せて、この本も加えてもらえいないかと交渉。S氏が中身を話したところ、マスターは「親爺もP-38に乗っていたんだ」と快諾してくれました。

このときのメンバーは、わたし、V社S氏、Y編集長のほか、地元で活躍するライター兼翻訳者さんのM氏、元E誌の編集者であったK女史、オペラ・シンガーのF女史。迫力ある一隊でした。


7月16日
お昼、共同通信から取材を受ける。どうしていままで、日本の活字のエンテーティンメントが外国に紹介される例が少なかったのだろうと質問されて、ひとつようやく思い至ったことがあります。これまでの日本の活字文化の紹介は、「日本文化の特殊性」を強調することに主眼がおかれていたのではないかと。日本の活字文化の普遍性をこそ紹介すべきだ、という発想が、これまで関係者にはなかったのではないか、と思ったのですが、どうでしょう、この仮説。

2時、59丁目にできるアジア映画専門の映画館オープニング・レセプション。ここではフジテレビ・ニューヨークの取材を受ける。「英語でインタビューできるかしら」と女性ディレクター。無理です。
その映画館のような文化の架け橋的施設の意義について質問されたのですが、先方はわたしがそこにいることの理由について何か誤解していたようです。答えている最中、あらら違ったわ、って顔をしておりましたね。

そのあとユニオン・スクエアに行き、ニューヨーク最大の古書店ストランドで少し買い物、ついでバーンズ&ノーブル書店本店へ。ニューヨーク滞在20年以上の画家Yさんと落ち合って、ビレッジ方面を少し散策、コーヒー。ピーコック・カフェという喫茶店を探したのだけど、見つかりませんでした。たぶん閉店してしまったのでしょう。
そのあと二番街のほうに移動して、タイ料理のお店へ。

部屋にもどってきたのは午後9時30分。ばたりとベッドに倒れ込みました。時差ぼけが、いまになって出てきたろうか。

バーンズ&ノーブルに入る直前、左足が地面に引っかかって、つんのめりそうになりました。見ると、靴底がぱくりと口を開けている。待てよ、昨日もそう言えばつんのめったことがあった。どうやらわたしは昨日から、口を開けた靴を履き続けていたようです。昨日は視線を浴びるシンポジウムだったのに。
シューリペアの親爺さんから言われました。「サッカーでもやるのか?」 わたしの歩き方は、そんなにひどいのか。
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by sasakijo | 2004-07-16 20:42 | ニューヨーク日記