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足利事件を考えるときに

『幼稚園バス運転手は幼女を殺したか』(小林篤、草思社)
足利事件についてのすぐれたノンフィクション。高裁でも有罪判決が出た時点での刊行である(2001年2月1日初版)。足利事件は冤罪事件であるという立場からの捜査、司法判断についての検証。

著者はとくにDNA鑑定の信頼性に疑問を向け、その部分の専門的な記述に行数を割く。本書刊行の時点ではまだ、この疑念は一般的な認識とはなっていなかったのではないだろうか。正直なところ、この部分はわたしにはよく理解できたとは言えない。

科学捜査研究所が、警察の内部組織であることについて、批判は多い。本書でも、DNA鑑定を担当したふたりの技官は、科学者、技術者としての良心よりも、警察機関の職員である立場を優先させるのだ。

逮捕されたSさんの精神鑑定を担当した福島章も、ひどく人格の歪みを感じさせる心理学者である。なにより彼はただの学者ではなく、アーチストであるのだそうだ。そして逆に被告を「代償性小児性愛」「恵まれない知能と性格」「人間的な高等な感情が表出されることはない」とし、あげく「低能」という言葉さえ使って表現する。

彼は精神鑑定人として全部で七回、精神鑑定のために面接を行っているが、実際はそのうち四回は教え子の女子学生にやらせている。「精神鑑定はアーチストの一期一会の作品である」と主張する彼が、じっさいは作業の一部を他人まかせにして、ひとを小児性愛者と決めつけていたのだ。

弁護団は、二審を前に福島章本人がおこなった三回の面接記録を明らかにするよう求めたが、福島は拒んだ(現在に至っても福島章は公表を拒否し続けている)。

一審の久田弁護士は、逮捕されたSさんに接見しても、ろくに事実を確かめようともしない。彼は五十万円の弁護費用を持参した被告の家族に言うのだ。「まあ十年だな、精神鑑定でやってみるか」

新聞が当時も、どれほど醜悪な報道を繰り広げたかは、ここに記すまでもない。

ともあれ、じつに読みごたえのある、しかも誠実で節度あるルポルタージュ。Sさんの無罪が事実上確定したいま、草思社は本書の増補改訂版を出してもよいのではないか。
by sasakijo | 2009-06-29 19:49 | 日記