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佐々木譲の散歩地図

トラビスを駆り立てたもの

『無差別殺人の精神分析』(片田珠美、新潮選書)
前に『アべンジャー型犯罪―秋葉原事件は警告する』(岡田 尊司 文春新書) を読んだが、このところ類書が増えているかな。

著者は精神科医。臨床に関わる立場から、六件の無差別殺人の事例を取り上げて、犯行に至った犯人の心理過程を明らかにしようとする。取り上げられている六件のケースとは、秋葉原無差別殺傷事件、池袋通り魔殺人事件、下関通り魔殺人事件、大阪教育大池田小事件、コロンバイン高校銃乱射事件、ヴァージニア工科大銃乱射事件。

わたしがあまり報道に接していなかった事件もあった。

基本的には、裁判資料、報道資料に依った分析。著者自身が関係者に取材したというケースはない。なので、全体に情報が不足気味という印象は否めない。

また著者は、アメリカの犯罪学者レヴィンとフォックスの研究『大量殺人の心理・社会的分析』を基礎にして、彼らがまとめたパターンにあてはめて上記六件の事件を解説する。なので、これはちょっと無理があるのではないか、という主張もある。

たとえば大量殺人を引き起こす要因として、「破滅的な喪失」が挙げられるのだが、池袋通り魔殺人事件ではそれが「無言電話」であり、ヴァージニア工科大銃乱射事件の場合では英文学科教授による拒絶(事件の一年前のこと)だという。「無言電話がきっかけ」というのは、公判での犯人の供述ではあるのだが。

「破滅的な喪失」を不可欠の要因とするなら、むしろ何かべつの(知られていない)事情があったとするほうがわかりやすい。とくに池袋事件で無言電話を「破滅的な喪失」と受け止める心理は、著者の解説でも理解できない。著者はこの事件の犯人について統合失調症、と診ているが、むしろその診断のまま放り出してくれたほうがよかったようにも思うのだが。

またヴァージニア工科大銃乱射事件では、拒絶から事件まで一年の時間が開いた理由を納得させてくれない。それが必ずしも破滅的な喪失ではなかったから、犯人は一年間事件を起こさずにすんだのではないか。

事件の経緯を本書で読むかぎり、その「破滅的な喪失」は事件の二カ月前あたり、犯人が髪を刈り、拳銃を買った時期の直前にあった何かだと想像したほうが自然と思える。アメリカではその後詳しいレポートは出ていないのかな。

著者はアメリカ映画『タクシー・ドライバー』にも言及している。たしかにあの映画は、大量殺人事件の典型例を描いていたのだったと思う。公開当時は、任侠もののバリエーションとして受けたのだったが。

そうだ。わたしはあるエッセイで、秋葉原事件の犯人は大藪春彦を読むべきだったと書いた。誰かが『タクシー・ドライバー』のトラビスのことを教えてやってもよかったかもしれない。
by sasakijo | 2009-09-06 22:16 | 日記