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by sasakijo

『大聖堂 果てしなき世界』

『大聖堂 果てしなき世界』(ケン・フォレット、ソフトバンク文庫)を読む。年末年始で、文庫上中下巻、約ニ千ページ。

『大聖堂』(The Pillars of the Earth)の続編ということになっているけれど、共通するのは舞台がキングズブリッジというイングランドの架空の町、ということだけ。時代は正編からおよそ二世紀あとの千三百年代。主人公たちは、いちおう正編のトム・ビルダー、ジャック・ビルダーの末裔たちという設定だけれど、その血筋自体は直接は物語に関わる要素ではない。そもそも主人公たちは零落した一族として登場してくるのだ。なのでこれは完全に独立した物語。

正編はまるで巨大なタペストリーのような物語だった。これに対して続編『大聖堂 果てしなき世界』(World without End)は、長大な絵巻物という印象がある。輪郭があり、下地の文様も明快な前者に対して、タイトルどおり巻を開いても開いても終わりが見えてこないような。主人公たちを何度も危機が襲い、予測もできない方法でその苦難から逃れると、また新たな危機。それが「果てしなく」と感じられるほどに繰り返される。

しかし、そのエピソードひとつひとつが面白く、時間を忘れて読みふけってしまう。十四世紀のヨーロッパに引きずりこまれる。百年戦争、ペスト禍、そしてじんわりと進行する市場経済。教会の堕落と、権威の喪失。

きれいごとの歴史小説でないのがよい。暴力、犯罪、戦争などの描写のリアルさはもちろん、性風俗、魔女裁判、公開処刑、修道士、修道女の同性愛、ペストがもたらした社会崩壊まで、ケン・フォレットはイギリスの中世社会をけっして美化して描かない。そこは性も排泄もない中世テーマパークのような世界ではない。日本の歴史小説を読み慣れた読者はたぶん、随所で嫌悪を催すことだろう。

しかし、それを含めて楽しんだ。ストーリー・テリングという技術についても、あらためて考えてみたくなる小説。

ケン・フォレットがもしこの次書くとすれば、それは産業革命を真正面から素材にする物語ではないだろうか。
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by sasakijo | 2010-01-07 21:54 | 本の話題