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『音楽の聴き方』を読む

『音楽の聴き方 聴く型と趣味を語る言葉』(岡田暁生、中公新書、2009年)

巷には、「クラシック音楽は難しくありません」という類のコンセプトの入門書が山とあるが、本書はその逆。音楽とは文化と歴史の産物なのだ、ということ、そして音楽の理解のためにはその背景の歴史と文化を知り、さらにその音楽を構成する語彙と文法とを知ったほうがよいと語る本。好著だ。

本書はだから、音楽的感動の言語化の拒絶、に対する批判でもある。小林秀雄がばっさり切り捨てられているのが痛快だ。著者はおそらく、小林秀雄の音楽鑑賞の能力をまったく認めていない。

本書ラストには、音楽をより深く理解するための「架空の図書館」の文献目録がある。ここには小林秀雄は出てこない(三島由紀夫は出てくる。村上春樹は絶賛されている)。

やや、というか、かなり専門的な論考でもある。素人にはまったく理解不能な部分もある。なので、「おわりに」の部分にある「聴き上手へのマニュアル」がありがたい。本書の主張が、素人向けにきわめて実際的な助言に置き換えられ、整理されている。

著者はあとがきでこう書く。
「だが同時に『音楽を聴いて理解する回路』は、あくまでも未知の巨大な体験に出会うまでの足場、最終的には捨てられるべきものにすぎない」

さらに著者は「おわりに」で、自分の「音楽を聴く場」についての究極の理想の体験を記している。トスカーナのシエナの街で偶然行き合ったアルフレード・クラウスのリサイタルがそれだという。

「思うに最も幸福な瞬間にあっては、音楽それ自体の素晴らしさはもはや意識に上がってこない。音楽はひとつの場の中に消滅する。そんなとき私たちは、音楽それ自体を聴いているのではなく、音楽の中に場の鼓動を聴いているのだ。まさにそういう希有な体験と出会うためにこそ、音楽を聴く意味はある」

共感する。自分のいくつかの体験を想い起こす。
by sasakijo | 2010-02-15 19:06 | 本の話題