ここは佐々木譲が開設している備忘録ブログです。日々の暮らしと、本、映画について書いています。


by sasakijo

カテゴリ:日記( 112 )

夕張から札幌に移動。日本アレンスキー協会の第一回例会に参加。

この協会は、ロシアの作曲家アントン・アレンスキーのひとと作品を研究する集まりだ。会長の川染雅嗣さん(北海道出身。昭和音楽大学准教授)との縁で、わたしもこの会の名誉会長となった(冗談みたいなものです)。協会設立記念プレ・コンサートは、昨年十月に開かれており、このときがわたしのアレンスキー初体験。

例会は、高橋健一郎さん(副会長。札幌大学准教授)がまず講演。「ロシア音楽史に於けるアレンスキー」、この講演の中に出てくる曲を、川染雅嗣さんがじっさいにピアノ演奏する。

バンクーバー・オリンピックの浅田真央とアレンスキーとの関係まで触れられて、きわめて刺激的で興味深い例会だった。
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by sasakijo | 2010-03-08 07:14 | 日記

あの日受験会場には

昨夜は生まれ故郷の夕張市。夕張の友人、知人たちが、直木賞受賞のお祝い会を開いてくれたのだ。ごくプライベートな集まりで、参加者はわたしを除き16人。

発起人は、閉館となる前の夕張市立美術館長だったU氏だ。わたしとまったく同い歳、同学年。美術館長を勤めたくらいだから、美術系大学の卒業だ。そこまでは知っていたのだけれど、高校三年の三月、わたしと同じく北海道教育大学を受験していたとは知らなかった。学科は、当時札幌分校に開設されていた特設美術科。

つまりわたしたちは同じ日、同じ受験会場にいて、札幌分校の体育館でおこなわれた石膏デッサンの実技試験も一緒に受けていたのだ。

課題はアグリッパだった。体育館は薄暗く(少々寒くて)、石膏像の細部を見つめることが難しかった。そのせいでわたしが不合格だったわけではないが。

コンサートとかスポーツの試合で、あの日あんたもそこにいたの?と驚くことはままあるけれど、こういう関係でこの「同現場」体験は面白い。というか、これほどキーワードが重なる他人も珍しくないかな?
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by sasakijo | 2010-03-07 22:38 | 日記
『上海バンスキング』十六年ぶりの公演を観る。於シアター・コクーン。

わたしはこのお芝居を、霞町にあった自由劇場での再演(八十年の三月)から観ている。九十年のシアター・コクーンでの公演のときは、観にゆく予定の日がわたしの推理作家協会賞の授賞式と重なってしまい、泣く泣く友人にチケットをやった。

大いに触発もされている。演劇評論家の松田政男氏には、『ベルリン飛行指令』は『上海バンスキング』へのオマージュ作品、とも喝破された。

なので、ほぼ初演時のオリジナル・キャスト(日によっては多少変わったようだ)での上演というこの公演は、夢のような時間の再来だった。

幕が開く前、客席でトランペットの音色。おや、と音のほうに目をやると、客席に立ち上がっている男がひとり。後ろ姿でもそれが笹野高史とわかる。主題歌『ウェルカム上海』のイントロ部分をソロで吹き始めたのだ。

続いて、舞台左袖に串田和美がクラリネットを吹きながら現れる。さらに客席からつぎつぎに管楽器を演奏しながら男たちが立ち上がる。大森博、小日向文世、真那胡敬二たち。その役者さんたちは全員舞台上(幕の前)へと上がり、前奏を終えたところで、やあやあと互いに握手する。

それはつまり同窓会の雰囲気。そうして「じゃあ、またあれをやろうか」と始まるのが、ジャム・セッションとしての舞台『上海バンスキング』、という設定なのだ。

あえて書くまでもなく、まどかは吉田日出子。

ただ、わたしにとってのこのお芝居の「正しい配役」は、リリーが余貴美子、ホァンさんは中村方隆。だけど、余貴美子は出ていない。中村方隆は二年ぐらい前に亡くなっているとか。この二点は残念だった。

(そういえば、ある年の公演で、大森博がバクマツを演じたことがあった。あれは、大冒険だったな)

ところどころ平成中村座を思わせる演出もあって、くすりとさせてくれる。最終公演からの十六年という時間を感じる部分。

舞台版『笑う警官』にも出てくれた若い役者さんと客席でばったり会った。意外そうなことを言うのでわたしは自慢した。「ずっと追っかけやってたんだよ」 彼はたぶん今回初めて観たはずだ。こんど感想を聞いてみたい。
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by sasakijo | 2010-03-04 23:38 | 日記

中国語に翻訳される

大戦三部作『ベルリン飛行指令』『エトロフ発緊急電』『ストックホルムの密使』が、中国語に翻訳されることになりそうだ。

『廃墟に乞う』も韓国語版刊行についてオファーがきている。これはまちがいなくN賞効果だろうが、上記作品については直接の関係があるとは思えない。このところ警察小説の外国語訳がつぎつぎと決まっていたが、ときがきた、ということだろうか。

ともあれ、べつの言語圏で拙作が読まれるというのはうれしい。たぶんわたしは、ほかの日本の小説家たちよりも、そのことを強く喜ぶタイプのもの書きだ。
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by sasakijo | 2010-03-01 16:00 | 日記

札幌に沈没

報知新聞の取材を受けるので札幌へ。多少アルペン・スキーと歩くスキーをする者として、またバンクーバー居住経験者として、バンクーバー・オリンピックについて思うことなど、問われるままに答える。

そのまま札幌沈没。札幌交響楽団の定期演奏会へ。指揮は高関健。
モーツァルト、フルート協奏曲第一番ト長調。フルート、工藤重典。
ショスタコービチ(ヴィチ)、交響曲第八番ハ短調。

恥ずかしながら、わたし、ショスタコービチを生で聴くのは初めて。避けていたわけではなく、なぜかプログラムとタイミングが悪かった。しかし、生で聴いて、はまった。生を追っかけてみたくなった。

情景音楽として聴いてしまったところがあるのだけど、この聴き方はたぶん邪道だろう。でも、たとえば第三楽章には、どうしても疎林のあいだを進む大戦車軍団とか、あとに続く歩兵部隊、そして白兵戦(機銃掃射の音もあるじゃないか)を映像として想い浮かべないわけにはゆかない。この楽章にわたしは勝手に、「反攻」とサブタイトルまでつけて聴いていたのだが。

遠い将来構想の「日本人とロシア」三部作に、少し酸素を吹き込まれたような気がする。

コンサートのあとは、ホールで偶然会った友人と、感想など語りながらワイン。
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by sasakijo | 2010-02-27 00:08 | 日記

中標津の友人たちが

昨夜は地元・中標津での直木賞受賞お祝い会。公的性格の行事としては、これがたぶん最後。

町立総合文化会館「しるべっと」の小ホールが会場だった。コーヒーと赤ワイン、軽食がサービスされる、気取らない形式のパーティ。

オープニングは町内在住のソプラノ歌手・飯田由美子さんによる朗唱(ピアノは小林マキさん)。
歌は、『警官の血』第三部の主題歌『誰も寝てはならぬ』と、『エトロフ発緊急電』の主題歌『アメイジング・グレイス』。この趣向、わたしには似合わぬゴージャス感だった。

集まってくださったみなさんは、これまでのどのお祝い会の出席者さんよりもハイになっているように感じた。その高揚感はわたしにもとうぜん感染。舌もずいぶん滑らかだった気がする。

おなじみの居酒屋を借り切りにして二次会。ここでプレゼントされたものは、なんと、シェフ服ひと揃い(シャツ、帽子、タイ、エプロン)。それに包丁。シャツとエプロンには「Bistro Sasaki」の刺繍が入っている。このセンスに感激(わたしは地元ではいちおう、そこそこ野外料理の腕がある男、と評価されているのだ)。

この服で、夏にはみなさんに料理を振る舞うと約束する。

ちなみにつけ加えれば、わたしのお料理のお師匠さんは、札幌の料理研究家・東海林明子さんである。あまりよい生徒ではなかったが。
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by sasakijo | 2010-02-25 13:12 | 日記

その夜、仲間たちが

少しだけ業界関係者とのつきあいの話題を。

19日は、直木賞の授賞式だった。この公式行事では多くの作家さんたちにあいさつしたが、そのあとの二次会三次会には、ずっと仲間づきあいしてきた同業者たちが参加してくれた。

個人名を全員出させてもらっても、たぶん問題は出ないと思う。
志水辰夫、船戸与一、逢坂剛、北方謙三、藤田宜永、大沢在昌、宮部みゆき、森詠、少し遅れて西木正明。

仲間の勢揃いだ。

ほぼ30年ぐらいのつきあいになる面々だ(宮部さんだけは、少し遅れて仲間づきあいさせてもらうようになったが)。つきあい始めた当時は、みな勢いだけはよかったが、まだ海のものとも山のものともわからなかった(北方謙三は言う。「おれは売れてた」)。

年齢差もかなりある。しかし、仲間うちに序列はない。

この関係の初期のころを想うとき、わたしはミュージカル『レント』もしくはオペラ『ラ・ボエーム』を同時に想い起こす。

あちこちの取材にも答えたが、お互いが遠慮なく、面と向かって相手の仕事ぶりについて批評し合える関係だった。つまり、もっとも恐ろしい読み手たちが、この仲間だった。この仲間の前で恥じねばならないような仕事はすまいと、絶えずみなの顔を意識しながらわたしは書き続けてきた。仲間のうちには、同じ想いだった者もたぶんいたはずだ。

この仲間たちが集まってくれてじつに感激だった反面、今後このメンバーが揃うことはあるのだろうかと、愛おしさに胸が苦しくなるような時間でもあった。

宮部さんがいみじくも言っていた。誰か親しい編集者さんの感慨だという。「遠くまできてしまいましたね」

「おれたちは、バウンティ・ハンターになるぞ」と船戸さんがかつて、冗談めかして宣言したことがある。
あれはいつのことだったろう。たしかにわたしたちは、不遜なバウンティ・ハンターとしても、遠くまできた。

こんな仲間のあいだでこの仕事を続けてこられたこと、それを心から幸福に感じた夜だった。

いま志水さんのHPを読むと、同じ話題について触れていた。
http://www9.plala.or.jp/shimizu-tatsuo/sub5kinkyouhtml.html
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by sasakijo | 2010-02-21 12:38 | 日記

札幌でお祝い会

昨夜は札幌で、直木賞受賞記念の集まり。池澤夏樹さん、藤堂志津子さんが発起人となってくれた企画。

寒い中(マイナス10度近かったはず)、友人、知人や北海道在住の作家さんたち、業界関係者が会場に集まってくれた。発起人のおふたかたのほか、編集者・中舘寛隆さん、作家の小檜山博さん、南極料理人の西村淳さん、それにやはり同業・東直己さんがスピーチ。桜木紫乃さん、乾るかさん、高城高さんらにもごあいさつ。

夕張からも友人ふたりが駆けつけてくれた。夕張でもお祝い会をやりたいが、と申し出があったので快諾。これは3月。夕張映画祭のあと。

この会での雑談で、某同業者さんから「北海道文壇恐怖の長老支配」の話というのを聞かされた。ほんとにそんなことが、と唖然とする話。わたしは「北海道文壇」とは無縁に生きてきた。正解だったと思う。もし札幌に住んでいたら、無関係ではいられなかったのかもしれないが。
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by sasakijo | 2010-02-14 08:32 | 日記
弘前劇場『三日月堂書店』を観る。再演。

弘前劇場を観るのも四本目となると、このところいつも先生役(高校教師であったり、大学の講師であったり)で出てくる柴山大樹が楽しみとなる。本作でも柴山大樹はいつもの役どころ。弘前劇場ファンにはうれしい。

この作品、古本屋が舞台ではあるけれど、そこは古い映画館を改装した店だ。つまり二重の過去が集積された空間。鮮度を失った情報の残骸がある場所。そこを生活の拠点とすることは、ある種の断念の表明ということでもある。店主は、善良ではあるが生活力のない中年男性。同時代的生き方を静かに、しかし徹底して拒絶している。

彼が扱う和文タイプライターは、時代に取り残された想いの暗喩だ。彼が(極端に訥弁な人間のように)ひと文字ずつ打つその想いを受け止めてくれる者は、もうこの時代にはいない。

その男のかたわらに、「安定」を受け入れることができない女がいる。同じタイプの男も出てくる。

彼らはまた、周囲の人間の善意や善良さも、そのまま素直には受け入れることができない。選択肢があれば、必ず不安定、もしくは危険、転落、裏切りのほうを選び取ってしまう種類のひとたち。悪意があるわけではない。むしろ、何かの依存症のようにも見えるひとびと。わたしたちの血族の周辺を冷静に思い返せば、必ずこの手のひとがいる。特異すぎるひとびとというわけではない。

お芝居は最後に古書店主の劇的な成熟、変貌を見せて終わる。「安定を拒む」ひとたちにいいように振り回され、ただ翻弄されるのではなく、彼らを理解して対応する、たくましい大人への変容。

依存症的累犯者である男が最後にすするソーメンは、思いがけない敗北の味がしているはずだ。「それ」は、そのタイミングで起こるべきではなかったことなのだから。

前の公演『アグリカルチャー』の感想同様、これはわたしの勝手な解釈。まったく読み違えている可能性も大だ。
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by sasakijo | 2010-01-31 18:49 | 日記
『北帰行』(角川書店)の見本刷りが届いた。
『本の旅人』に連載したもので、474p。かなり束のある単行本。
奥付は今月末になっているけれど、今週後半には書店に並ぶかな。

警察小説ではなく、クライム・サスペンス。
ロード・ノベルにも分類できるかもしれない。

発想のヒントになった事件のひとつは、2001年に北海道・稚内市で起こっている。稚内に拠点を持つロシアン・マフィアのボスが射殺された事件。現場に居合わせたロシア人女性ふたりも重傷を負った。撃ったのはフランス国籍のヒットマンだった(未逮捕)。

また荒唐無稽な話を書いた、と思われたくないので、あえてこのことを記す。たぶん北海道以外では、ほとんど報道されなかった事件のはずであるし。
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by sasakijo | 2010-01-24 12:02 | 日記