ここは佐々木譲が開設している備忘録ブログです。日々の暮らしと、本、映画について書いています。


by sasakijo

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ささくれだった気分を変えるために札幌に出て、札響の定期演奏会を聴く。

指揮は尾高忠明。
曲目は、まず三善晃の『交響三章』。
三善晃は尾高忠明の恩師だそうで、つまりこれは必ずしも顧客オリエンテッドな選曲ではなかったわけだ。

メインのプログラムは、ラフマニノフ交響曲第二番ホ短調。

『ワシントン封印工作』を書き出す前、ラフマニノフが1941年の秋(つまり太平洋戦争開戦の直前)、ワシントンDCで、自作交響曲を指揮しているという事実を知った。ただ、何番を指揮したのかがわからない。その部分の確認に時間を使うわけにもゆかなかったし、二番以外ではありえないだろうと、記録を発見できないまま「二番のコンサート」と書いた。

この作品の刊行時、共同通信のワシントン支局長だった田勢康弘さんと対談した。このとき、田勢さんが言った。
「あのときラフマニノフが何番を指揮したのか、わたしも気になっていたのですが調べきれなかったんです。二番だったんですね」

いいえ、記録を発見できないまま書いたのです、とは答えられなかった。いまなら、何らかの記録か判断が見つかるかもしれない。

ただ、一番は初演以外、ラフマニノフの存命中は演奏されることがなかったと言われているし(没年は1943)、三番はWikipediaでは1931年の作曲(本文中の記述)、1941年の作曲(曲目解説)とあり、後者が事実とすると、ラフマニノフはかなりの冒険をしたことになる。二番でまちがいないと思う。

もしかすると、1941年当時は第一番のことは完全に忘れられていて、その曲目についてはただ『ラフマニノフの交響曲』と記述されてそれで十分だったのかもしれない、といまふと思った。
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by sasakijo | 2010-03-20 00:02 | 日記
『東京R不動産2』(馬場正尊・安田洋平、太田出版)
『「新しい郊外」の家』(馬場正尊、太田出版)

書店の建築書のコーナーに並べて置いてあった。『東京R不動産2』は、奥付では今年3月19日初版。『「新しい郊外」の家』は、09年1月25日初版。

前作『東京R不動産』は、面白い建築書だった。東京のリノベーション物件を紹介したものだが、東京にはこれほどに面白い建築もしくは住戸があって、それがじっさいに賃貸されるか売買され、そこを改装して住むひとがいるのだ、という事実に、驚かされたものだ。Casa Brutusあたりがときたま特集していたにせよ、だ。

『東京R不動産2』はその続編。ただし取り上げる範囲は拡大して、房総や湘南そのほか地方都市の物件と住人も紹介されている。

『「新しい郊外」の家』は、その東京R不動産のディレクター(建築士)である馬場正尊が、房総に戸建て別荘を新築するまでのドキュメンタリー。どんな住宅に住んだか、という視点からの「ある家族史」でもある(週刊文春にも似たコンセプトの連載があるね)。

またこれは都市論であり、日本の住宅政策批判にもなっている。この国には自分が住みたいと思う住宅が供給されていない、と一度でも感じたことのある読者は、共感するところ大だろう。

昭和30年代に日本住宅公団が標準化した規格型住宅は、すでに日本人の生活様式とは乖離している。日本人の多数派の生活に合った新しい規格が求められているはずだが、行政にはたぶんその問題意識さえない。

そうなると、現行規格型住宅では暮らせない日本人は、突拍子もない非規格型住宅を自力で建設するか、規格に生活を無理やり合わせて生きるか、ふたつにひとつの道しか選べない。実際上、大部分のひとは、制度が固定化された後者を選び取るしかないのだ。不便をこらえて。

せめて町の不動産屋が馬場正尊たちのようなセンスを持っていてくれるのなら、わたしも『東京R不動産、2』が紹介するような物件に住むことができるはずだ。いまは、物件にめぐりあたる可能性すらない。

でもたとえば喫茶店のオーナーが改装自由の古民家や倉庫を探し出せるのだから、どこかに回路はあるはずだとは思うのだけれど。
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by sasakijo | 2010-03-17 00:39 | 日記

残された者たちのジャズ

劇団人間座復活第一弾公演を観た。
『日輪 あるいは夜の曳航』、清水周一作。
出演は松橋登、江間直子、石井ひとみ、近童弐吉、阿部由輝子ら。

60年代末に初演された作品だという。なるほどたしかにあの時代のアングラ演劇の雰囲気が残った舞台だ。白塗りのダンサーたちの舞踏。海の妖精たちの詩的な台詞…。

しかし演出の高橋征男は、この作品の再演を引き受けるにあたって、オリジナルの台本を大胆に再構成したらしい。「アングラ風味」はかなり薄味になっているのだろう。

ジャズ・バンドの男女四人の、「関係の真実」が作品の中心テーマ。舞台は三浦半島あたりの港に係留された外洋クルーザー。同じジャズ・バンドの面々が、オフの日を過ごすために、その船にやってくる。そのバンドにはかつて、天才的な女性ボーカリストが参加していたのだが、彼女はほかの四人の関係を変え、その突然の死によってまた残された者たちの関係を振り回した。

五木寛之の短編のひとつを想起させるし、大江健三郎の初期の作品にも似た雰囲気のものがあった。関係が少しずつ明らかになり、さらにまたそれが否定されてゆく過程はスリリングだった。

舞台上にじっさいにジャズ・バンドとして登場するのは、B-HOT CREATIONS。


この舞台を観た前後に、高橋征男らと10月の俳優座劇場公演の原作打ち合わせ。
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by sasakijo | 2010-03-14 22:16 | 日記

おおロケットボーイズ!

笹本祐一さんと会食。もう5、6年前になるか、種子島のH2Aロケット打ち上げ取材の際、お世話になって以来のおつきあい。

笹本さんは、科学者や科学ジャーナリストたちと一緒に、自前でロケットを宇宙に飛ばす、という構想を進めてきたのだけれど、とうとう今年秋には、自分たちで開発したロケットを北海道・大樹町から打ち上げるという。

計画に関わっている面々がまたすごい。はたから見れば、非現実的な妄想、と思われそうな夢を、着実に実現してゆくひとびと。わたしも日本の宇宙開発を少し取材したおかげで、その面々の「夢を現実化する能力の卓越性」が少しわかる。

あのHさんも、自分で工具を持って、液体酸素とエタノールのロケット・エンジン組み立てに参加していただなんて。

メンバーのひとりYさんは、『風の谷のナウシカ』に登場する全翼機「メーベ」を、じっさいに作ってしまったのだよ(低高度飛行の試作機段階。今年完成するとか)。

興味があるひとは検索してみてほしい。今朝の北海道新聞には関連記事が載っている。
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by sasakijo | 2010-03-09 21:35 | 日記
夕張から札幌に移動。日本アレンスキー協会の第一回例会に参加。

この協会は、ロシアの作曲家アントン・アレンスキーのひとと作品を研究する集まりだ。会長の川染雅嗣さん(北海道出身。昭和音楽大学准教授)との縁で、わたしもこの会の名誉会長となった(冗談みたいなものです)。協会設立記念プレ・コンサートは、昨年十月に開かれており、このときがわたしのアレンスキー初体験。

例会は、高橋健一郎さん(副会長。札幌大学准教授)がまず講演。「ロシア音楽史に於けるアレンスキー」、この講演の中に出てくる曲を、川染雅嗣さんがじっさいにピアノ演奏する。

バンクーバー・オリンピックの浅田真央とアレンスキーとの関係まで触れられて、きわめて刺激的で興味深い例会だった。
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by sasakijo | 2010-03-08 07:14 | 日記

あの日受験会場には

昨夜は生まれ故郷の夕張市。夕張の友人、知人たちが、直木賞受賞のお祝い会を開いてくれたのだ。ごくプライベートな集まりで、参加者はわたしを除き16人。

発起人は、閉館となる前の夕張市立美術館長だったU氏だ。わたしとまったく同い歳、同学年。美術館長を勤めたくらいだから、美術系大学の卒業だ。そこまでは知っていたのだけれど、高校三年の三月、わたしと同じく北海道教育大学を受験していたとは知らなかった。学科は、当時札幌分校に開設されていた特設美術科。

つまりわたしたちは同じ日、同じ受験会場にいて、札幌分校の体育館でおこなわれた石膏デッサンの実技試験も一緒に受けていたのだ。

課題はアグリッパだった。体育館は薄暗く(少々寒くて)、石膏像の細部を見つめることが難しかった。そのせいでわたしが不合格だったわけではないが。

コンサートとかスポーツの試合で、あの日あんたもそこにいたの?と驚くことはままあるけれど、こういう関係でこの「同現場」体験は面白い。というか、これほどキーワードが重なる他人も珍しくないかな?
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by sasakijo | 2010-03-07 22:38 | 日記
『上海バンスキング』十六年ぶりの公演を観る。於シアター・コクーン。

わたしはこのお芝居を、霞町にあった自由劇場での再演(八十年の三月)から観ている。九十年のシアター・コクーンでの公演のときは、観にゆく予定の日がわたしの推理作家協会賞の授賞式と重なってしまい、泣く泣く友人にチケットをやった。

大いに触発もされている。演劇評論家の松田政男氏には、『ベルリン飛行指令』は『上海バンスキング』へのオマージュ作品、とも喝破された。

なので、ほぼ初演時のオリジナル・キャスト(日によっては多少変わったようだ)での上演というこの公演は、夢のような時間の再来だった。

幕が開く前、客席でトランペットの音色。おや、と音のほうに目をやると、客席に立ち上がっている男がひとり。後ろ姿でもそれが笹野高史とわかる。主題歌『ウェルカム上海』のイントロ部分をソロで吹き始めたのだ。

続いて、舞台左袖に串田和美がクラリネットを吹きながら現れる。さらに客席からつぎつぎに管楽器を演奏しながら男たちが立ち上がる。大森博、小日向文世、真那胡敬二たち。その役者さんたちは全員舞台上(幕の前)へと上がり、前奏を終えたところで、やあやあと互いに握手する。

それはつまり同窓会の雰囲気。そうして「じゃあ、またあれをやろうか」と始まるのが、ジャム・セッションとしての舞台『上海バンスキング』、という設定なのだ。

あえて書くまでもなく、まどかは吉田日出子。

ただ、わたしにとってのこのお芝居の「正しい配役」は、リリーが余貴美子、ホァンさんは中村方隆。だけど、余貴美子は出ていない。中村方隆は二年ぐらい前に亡くなっているとか。この二点は残念だった。

(そういえば、ある年の公演で、大森博がバクマツを演じたことがあった。あれは、大冒険だったな)

ところどころ平成中村座を思わせる演出もあって、くすりとさせてくれる。最終公演からの十六年という時間を感じる部分。

舞台版『笑う警官』にも出てくれた若い役者さんと客席でばったり会った。意外そうなことを言うのでわたしは自慢した。「ずっと追っかけやってたんだよ」 彼はたぶん今回初めて観たはずだ。こんど感想を聞いてみたい。
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by sasakijo | 2010-03-04 23:38 | 日記

中国語に翻訳される

大戦三部作『ベルリン飛行指令』『エトロフ発緊急電』『ストックホルムの密使』が、中国語に翻訳されることになりそうだ。

『廃墟に乞う』も韓国語版刊行についてオファーがきている。これはまちがいなくN賞効果だろうが、上記作品については直接の関係があるとは思えない。このところ警察小説の外国語訳がつぎつぎと決まっていたが、ときがきた、ということだろうか。

ともあれ、べつの言語圏で拙作が読まれるというのはうれしい。たぶんわたしは、ほかの日本の小説家たちよりも、そのことを強く喜ぶタイプのもの書きだ。
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by sasakijo | 2010-03-01 16:00 | 日記