ここは佐々木譲が開設している備忘録ブログです。日々の暮らしと、本、映画について書いています。


by sasakijo

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表現形式の原点

図書館問題から思うこと。


すべて表現は、路上ライブが原点である。音楽であれ、小説であれ、演劇であれ。そしてそれら表現者を路上ライブに立たせるものは、直接的にはおカネではない。どうしてもこれを表現せずにはいられないという衝動である。

その衝動を持った人間だけが、原理としての「路上ライブ」の時代を受け入れることができる。その時代が終わっても、抑えきれない表現欲求のままに路上に立った自分が自分の創造的営為の原点であると、意識し続けることができる。

路上ライブでは食えない? そのとおりだ。しかし音楽でも演劇でも、屋根のある空間でパフォーミングできるようになっても、多くのひとたちはそれだけでは食べてゆけない。文芸の世界だけ、たとえば本を出したということで表現者の中で特権的な存在になれるわけではない。

表現への衝動とは本来、「身銭を切っても」「生活をあとまわしにしても」抑えようのないものだ。その点で少しでも優先度の高いものがほかにあるのであれば、路上ライブの時代のうちに、そちらを選び取るべきだ。

文芸でも、中上健次の時代までは「身銭を切って同人誌に参加する」発表形式が併存していた。そもそも新人賞からすぐ商品としての「本」の刊行というシステムが日本で整備されたのは、せいぜいこの三、四十年のことだろう。

しかし「本」というパッケージ商品での発表形式は、文芸の普遍的な属性ではない。地球上の多くの土地では、作家たちはまず朗読会で自作を発表する(本を作るより、発表コストはずっと低い)。

わたしは東欧の朗読会を直接知っている。また一度行ったことがあるが、80年代後半、アメリカ・ペンクラブの、ニューヨーク、イーストビレッジの本部でも、毎週のように朗読会が開かれていた。

映画『カポーティ』に描かれた高額入場料の朗読会を最高ランクとすれば、無名の新人たちはまず近所の喫茶店や図書館での「無料の」朗読会から始めていることだろう。

この場合、「うちの店でやってみないか。経費は持ってやるから」と言ってくれる喫茶店主が、いまの日本の出版社にあたる。彼は「評判がいいようだったら、定期的にうちで開いてくれよな」とも言ってくれることだろう(だから世界的にみても、日本の作家たちはきわめて恵まれた環境の中にいるのだ)。

文芸でもこのようにライブが発表形式の原点であるが、原理的には屋根のある会場での朗読会の前に、「路上ライブ」がある。すべての表現者は、カネにならなくてもその表現、その創造活動を続ける意志があるかどうか「路上ライブの時代」に問われる。

その時期に小説家は、読者を少しずつ自分のまわりに(自分の声が聞こえる範囲に。原稿コピーを手配りできる範囲のうちに)作ってゆくしかない。いきなりマスマーケットの読者ができるというのは、例外的なことなのだ。

自分の作品を知る者が少ないなら、多くの路上で、いくつもの喫茶店で、作品のさわりでも伝える努力をすべきだろう。そしてその負荷を考えるなら「無料で」自分の作品の読者を増やしてくれる公共図書館という制度は、けっして否定すべきものではない。

小説家(エンターテインメント系の小説家を想定している)は、芸能シンジケートからデビューするアイドル・タレントとはちがう。同じ芸能人でも、ゲリラ・ライブから始めるお笑い芸人に近いかもしれない。

もっと言えば、小説家は、講談師、辻講釈師、お噺衆の血を引く表現者である。JASRAC的ビジネス・モデルの中で生きようと考えるべきではない。

路上で一席聞いてもらったのに投げ銭がなかったら、文藝家協会に駆け込むのではなく、次はもっと面白く聞かせるよと胸に誓うだけだ。
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by sasakijo | 2011-01-28 17:15 | 日記

読者を育てる制度

Twitterにも書いたけれど、こっちにもまとめとして。


同業白石一文さんが、図書館で書き下ろしと銘打たれた本を借りないでくれ、と書いている。印税について数字を出したうえで、「皆さんが図書館を利用すると良心的な作家ほど行き詰まる」と。この問題については何度かブログにも書いてきたけれど、わたしは図書館を作家の敵とは思わない立場だ。

なにより、読書家としての自分が図書館で育ったという自覚がある。若いとき、貧しいが読書欲は旺盛だったころ、もし世の中に図書館がなかったら、その後わたしはこれほど本を「買う」大人になったろうか。むしろわたしは、自分の本を公立図書館のすべてが買ってくれたらと願う。

図書館は本一般の読者を育てるだけではなく、わたしの読者も育ててくれる。図書館で単行本を借りたひとがわたしの読者となってくれたら、そのひとはやがて購入者ともなってくれるはずである。作品を知る、作家を知る、その回路を狭めて、読者が増えることはありえない。

ある図書館でわたしの本が10人に借り出されたと聞けば、わたしは10冊分の印税がふいになったとは考えない。10人の読者ができたと考える。そしてそのうちのただのひとりにも、次は買おうと決意させることができなければ、それは作家としてのわたしの負けだ。

たしか内田樹教授も図書館について書いていたはずと思ったけれど、どの本に収録の論考だったろう。わたしは内田教授の図書館論に共感する。図書館という制度を、支持する。
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by sasakijo | 2011-01-24 16:07 | 日記
『カメラは詩的な遊びなのだ』(田中長徳、アスキー新書)

田中長徳氏はライカ・エバンジェリストとして知られるひとだ。ライカ熱のないわたしも、氏のライカ愛についての本は少し読んできた。信仰を持つには至らなかったが。

この新書の帯の写真には、ライカⅠの隣りに、オリンパスE-P2。氏は本書冒頭でこのオリンパスE-P2を絶賛しているし、中の写真もこのカメラで撮ったものだとある。E-Pシリーズ・ユーザーとして、この新書は読まずにはいられない。収められている写真はすべてヘルシンキで撮られたもの。

テキストは講演か写真教室での講義を起こしたものだろうか。いつもの長徳節なのだけど、アマチュアへの実用的な助言が少し。

たとえばひとつ。RAWモードは必要なし。JPEGで十分。B全判まで拡大プリントできる。

プロでもそうなんだ。

もうひとつ。写真はプリントするな。フォトフレームでスライドショーにして見るのがいい。

これはプロの作品についても同じだ。いまなら写真は、重い豪華版写真集や混雑する写真展会場で見るよりも、PCで見るほうがいい。
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by sasakijo | 2011-01-17 20:34 | 本の話題
『ポピュリズムへの反撃 現代民主主義復活の条件』(山口二郎、角川書店、新書)

タイトルとおり、「小泉型政治」を批判し、民主主義復活の可能性を探ろうとする論考。2008年から2010年まで、神保町フォーラムでおこなわれた講演をまとめたものだという。刊行は昨年10月。

著者は昨年末、たしか週刊朝日かAERA誌上で、自分が民主党政権実現を訴え続けてきたことについて「リフォーム詐欺に加担した気分」と述懐していたと思う。民主党の理論的支柱のひとりである著者が「詐欺加担」の気分なのだ。二年前の選挙で民主党に一票を投じた市民の多くが、詐欺被害に遭った気分であっても、とくべつ被害妄想というわけではないだろう。

この幻滅が一気にファシズムに向かう可能性もなくはないわけで、その意味でも民主党の罪は大きい。財政破綻の夕張市が明日の日本なら、政治破綻の阿久根市も明日の日本にならないという保証はないのだ。

それでも著者は、幻滅までも含めて市民の政治的成熟の一過程と見る。鳩山内閣で幻滅というレッスンを早めに一度受けたことは、悪いことではなかったと。本書はポピュリズムの分析であると同時に、民主党の政権運営の稚拙さを批判する論考でもあるので、読後は少しシニシズムからは解放された気分になる。

著者は、小泉純一郎が駆使したポピュリズムを批判しつつ、ポピュリズムが民主主義にエネルギーを与える肯定的な側面があることも認める。だから著者は、敵味方の線を引き直すことで、ポピュリズム対してはポピュリズムで対抗しよう、と提言する。たぶんそれは、いま考え得るもっとも現実的な、政治的破綻回避の道だろう。

小沢一郎への批判的視点にも共感できる(この点は、神保町フォーラムのほかのメンバーとは意見を異にするところらしい)。

また北海道の住人として、著者は鈴木宗男についての評価が、北海道以外の土地ではちがっていることの違和感を書く。でも、北海道外での宗男人気は、かなりの部分、佐藤優効果である。鈴木宗男が土着型利益配分政治の典型という著者の評価には、誤りはないのだ。その評価が、小泉の敵創出のステレオタイプ化に利用されたという面があったとしても。

社民党やみんなの党を斬って捨てる部分も痛快。と、ひさしぶりに本のレビューなど。
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by sasakijo | 2011-01-10 20:47 | 本の話題

『婢伝五稜郭』本日刊行

新刊『婢伝五稜郭』(朝日新聞出版)は、本日発売。本体1600円。宇野亜喜良さんの装画です。

これは朝日新聞出版『小説トリッパー』に短期集中連載した作品。『五稜郭残党伝』『北辰群盗録』に続く、箱館戦争後日談です。自分では「五稜郭三部作」の最終作という位置づけ。

主人公は、医師・高松凌雲のもとで看護婦として働いていた若い女性。「官軍」による箱館病院分院での虐殺(史実)をきっかけに、彼女は戦う女性として変貌を遂げます。

榎本武揚は、箱館統治時、プロシア人R・ガルトネルに土地一千町歩の貸与を認め、西洋式農場の建設にあたらせました。官製史観では「国土を外国人に切り売りした」とぼろくそに評される事実ですが、これが日本の農業近代化の最初の一歩でした。本作では、このガルトネル農場も主要な舞台となります。

また『婢伝五稜郭』は、去年10月、グループ虎(演劇制作ユニット。わたしは座付き小説家)と10Quatreの共同プロデュース作品として舞台化され、俳優座劇場で上演されました。来年、また同じ俳優座劇場で、新バージョンが上演される予定です。
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by sasakijo | 2011-01-07 05:48 | 広告

謹賀新年

2011年の単行本ほか作品刊行の予定。

・単行本
『婢伝五稜郭』朝日新聞出版
『警官の条件』新潮社
道警シリーズ第5弾、タイトル未定
『地層捜査』文藝春秋

電子絵本iPad版2点、HAJ

さらに
『英龍伝』(毎日新聞社)加筆。

などです。
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by sasakijo | 2011-01-01 12:44 | 日記