ここは佐々木譲が開設している備忘録ブログです。日々の暮らしと、本、映画について書いています。


by sasakijo

携帯電話番号変更

携帯電話の番号を変えました。
いま超多忙につき、関係各位に変更のご案内ができるのは、かなり先のことになりそうです。しばらくのあいだ、連絡にはeメールをお使いください。番号変更にともない、携帯電話のメールアドレスも変わりました。
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# by sasakijo | 2010-08-04 13:17 | 連絡

写実表現の最高水準

『存在の美学』という美術展を観た。
野田弘志とその愛弟子の永山優子、廣戸絵美の同人展。正式名称は、「伊達市噴火湾文化研究所同人展」。伊達市の、だて歴史の杜カルチャーセンターで。招待作家は石黒賢一郎、小尾修、塩谷亮、西房浩二、水野暁の五人。

野田弘志は北海道壮瞥町にアトリエを持ち、伊達市で写実絵画の教室を開催している。永山優子はいまは野田の助手ということになるのかな。教室の名は「野田・永山塾」だ。

2007年に、北海道立近代美術館が、野田弘志の大規模な特集展を開催した。このときわたしは初めて、ロープを描いたシリーズを観たのだけれど、ある意味写実絵画の極北を目指している、とも言うべきあのシリーズは今回は出展されていない。動物の骨を描いたものもなかったな。伊達市近辺の風景画が2点、白人女性像が1点。

展示作品は少ないながら、招待作を含めて、日本の写実絵画の最高の水準を観たという想いにさせてくれる美術展だ。長い時間向き合っていたい作品ばかり。とくに石黒賢一郎の手術室を描いた作品は刺激的だった。

展示を観たあと、野田・永山塾のある伊達市噴火湾文化研究所にも行ってみた。ここには野田弘志絵画コレクション・ルームがあり、事実上のミニ個人美術館となっている(ここにも、ロープのシリーズはなかった)。

係のひとに案内してもらって、子供向けの塾と大人向けの塾のふたつのアトリエも見学。さらに野田弘志のモチーフ保管室も見せてもらったことで、野田弘志の創作の秘密の一端に触れた想いだ。野田弘志の再現アトリエなどもあるといいのに、と欲張りなことも考えてしまった。

7月20日まで。伊達市だて歴史の杜カルチャーセンター1階ハーバーホール、無料。
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# by sasakijo | 2010-07-15 09:17 | 日記

集合ラッパの意味

ブログを更新すると、暇だろうという判断の根拠にされた。なのでしばらく更新のモチベーションが下がっていたのだけど、また少しずつ書いて行こう。相変わらず本業以外の雑用と社交とに割く時間はないが。


『戦場のレクイエム』(フォン・シャオガン)を観た。2007年の中国映画。
英語タイトルは『ASSEMBLY』、中国語題は『集結號』。

国共内戦を素材にした戦争映画だ。聞こえなかった集合ラッパの音をめぐる物語。撤退の時期を誤って部下を全員戦死させた、というトラウマにとりつかれた、中国人民解放軍の下級士官の苦悩と再生の姿が描かれる。

これ以前のフォン・シャオガンの作風から微妙にはずれており、「演技論」もテーマではない。でも、職人監督としての技量と引き出しの広さを見せたというところだろうか。実話に基づいているようだ。

戦闘シーンは、スピルバーグ『プライベート・ライアン』を思わせる迫力と生々しさ。このところ戦争映画はあまり観ていないが、『プライベート・ライアン』はもう戦争映画の戦闘シーンを撮る際のスタンダードになっているのかな。

時代は48年。華東の戦線。国民党軍の進撃を止めるため、ある中隊が最前線に投入された。戦闘途中、部下たちは撤退を命じる集合ラッパがあったと報告する。主人公の中隊長は聞いていない。彼はあわや反乱というところをまとめて、第二波の攻撃を迎え撃つ。戦死した部下は廃坑内に収容しつつ。

果敢な戦闘の果て、部下たちは全員戦死、中隊長ひとりが生き残った。彼は国民党軍の軍服を着ているところを救出されたのだった。内戦の混乱のさなかで、部隊編成の記録はなく、彼が人民解放軍所属であったことを証明するものはない。行き場のない彼は朝鮮戦争に志願。51年冬の戦闘で負傷し、華東に帰る。

彼はそこで自分の部下たちが「失踪」扱いされていることを知る。戦死したと認められていないのだ。彼は戦死した部下たちも烈士(革命の英雄)の扱いを受けるよう、戦闘地域で遺体の発掘に残りの生涯を賭けようとする。数年後にやっと遺体が見つかり、中隊の兵士たちは全員が「烈士」として顕彰されることになった。

映画の最後に、問題の「集合ラッパ」が初めて吹かれる。音として、映画の中で表現される。「集結號」がじっさいにあったのかどうかという謎も明らかになる。このとき「集合」のもうひとつの意味に思い至って、わたしは少し涙した。

軍へのリスペクトはあるが、フォン・シャオガンは中国共産党を突き放して描く。最初に出てくるふたりの若い共産党員は初々しい教条主義者であり、二度目に毛沢東の肖像画を背景にして登場する共産党員は権力そのものである。中国の検閲機関も寛大になっているのだね。
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# by sasakijo | 2010-07-12 11:06 | 日記
きょう発売の週刊現代、モノクロ・グラビアのページでわたしが紹介されています。わたしの生活と仕事のスタイルについて。

インタビュアーは一志治夫さん。わたしのあまり要領を得ない言葉を、すっきりとまとめてくれました。
写真はホンマタカシさん。リンホフとライカという、最近では少数派の機材、メディアを使っての撮影。

北海道は雑誌の到着が一日遅れなので、わたし自身はまだ今号を見ていません。
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# by sasakijo | 2010-06-28 11:54 | 連絡

舞台版『五稜郭残党伝』

舞台版『五稜郭残党伝』(劇団さっぽろ)の上演台本が届いた。
8月13日、14日、函館市五稜郭の函館芸術ホールでの公演。

今年はわたしの箱館戦争が素材の作品二本が、たて続けに舞台化されることになる。

もう一本は、何度もご案内してきたけれど、グループ虎の東京・俳優座劇場公演、『婢伝五稜郭』 
10月13日から17日。

こちらは榎本軍に従軍看護婦として参加した女性が主人公。主演は無名塾の樋口泰子さん。

樋口泰子さんは、昨年の舞台版『笑う警官』では小島百合巡査を演じてくれた。今月末発売の朝日新聞『小説トリッパー』に原作前編が掲載されるが、わたしは最初から樋口泰子さんをイメージしてこの主人公を書いている。


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# by sasakijo | 2010-05-28 20:33 | 連絡

『天下城』も中国語に

一連の警察小説、大戦三部作に続き、歴史小説『天下城』(新潮文庫)も、中国語(簡体字)訳への翻訳が決まりそうです。
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# by sasakijo | 2010-05-27 12:59 | 連絡

放送延期

札幌テレビ放送『どさんこワイド』で、本日佐々木についての紹介レポートが放送されるはずでした。その旨ご案内しておりましたが、これが31日に延びた、という連絡がありました。
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# by sasakijo | 2010-05-21 21:29 | 連絡

仕事場初公開

今年2月から、札幌テレビ放送(STV)の報道部が、わたしの生活を断続的に取材していました。

中標津の仕事場の様子(テレビ初取材)、編集さんたちとの打ち合わせ、夕張の仲間たちとの交流、避難場所(初公開)などが取り上げられます。

放送はまず今週5月21日金曜日、「どさんこワイド」の中で短く。18時30分前後。
本篇が5月23日曜日、「D!アンビシャス」、10時55分から。

いわば「地元職人肌作家の生活と意見」というコンセプトのドキュメンタリーとのことです。

長いこと取材を受けていると、その取材者さんたちの前では無防備に素をさらしてしまいます。よれよれのシャツで部屋に掃除機かけ始めたり。もっと格好つけるべきだったと、取材が終わったいまになって後悔しておりますが。
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# by sasakijo | 2010-05-16 08:16 | 連絡

庄司紗矢香を聴いた

札幌交響楽団定期演奏会。
庄司紗矢香のモーツァルト、バイオリン協奏曲第5番が素晴らしかった。

開演前に指揮の高関健がMCで、前夜の彼女を絶賛して言った。
「このぐらいの名曲になると、弾けば必ず誰かの演奏に似てしまうものだけど、庄司さんは誰にも似ていません」

じっさいこのポピュラーな曲を、こんなにも緊張感のある、知的な演奏で聴けるとは。終演後、ロビーの売店でCDを2枚購入。

プログラムの最初は、現代曲だった。柴田南雄『シンフォニア』(1960年)
こういうコンセプト重視の曲(というか、コンセプトだけで作られた曲)は、はたして生のオーケストラで聴くべきものなのか、疑問に思う。もしその時代、作曲家の前にマッキントッシュがあったなら、彼は直接その曲を作ってしまったのではないか。ただ、PCも作曲ソフトもない時代は、それをオーケストラのための譜面に起こさねばならなかっただけだろうと思う。
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# by sasakijo | 2010-05-15 20:14 | 日記

ようやく真空管アンプ


とうとう真空管アンプを入れた。クラシックのアナログ・レコードを、よりいい音で聴こうと。

アナログ・レコードの音はよい、というのは、CDが登場したときから言われていたことだ。しかし、再生装置が高価なものになる。手軽に聴くなら、CDだった。

ところがこの十年くらいか、低予算でクラシックCDを聴くなら真空管アンプ、と、よく聞くようになった。いっときとちがい、安価な市販真空管アンプも多くなったのだ。

かたいっぽうで、そのCDを聴くという音楽の聴き方自体が、時代後れになりつつあるようだ。音楽は圧縮データをダウンロードしてMP3プレーヤーで聴くというのが、若い世代の一般的な音楽鑑賞スタイルになっている。

わたしはこのMP3プレーヤーで聴く、という方法にどうしてもなじめない。とくにイヤホンで聴くことが。音のよしあし以前に、集中できない(試したことはあるのだ)。

わたしにとって音楽を聴くとは、なによりコンサートに行くこと、であり、次善の策として、コンサート会場に近い音を再現できる機器で聴くことだ。

また本と同様で、好みの音楽については、集めたい、という気持ちが働く。蔵書が読書記録であると同時に自分の表現となるように、音楽の「記録」のライブラリーを豊かにしてゆくことは、音楽を聴くことと一体の喜びだ。ところがデータをダウンロードしてメモリーに蓄積することでは、その喜びはあまり感じられないのではないか。

自分の残り時間を考えると、いまさら新しい記録方式でライブラリーを作り直すのもむなしい。あと15年くらい再生機器がもつなら、わたしは古い記録方式のソフト・ライブラリーを古い技術で聴き続けるので十分だ。わたしにとって、そのことは心地よい。不便でも不都合でもない。

さいわいアナログ・レコードを真空管アンプで聴くことは、いまはけっしてハイエンド・オーディオマニアの贅沢すぎる趣味ではなくなっている。かつては手の出なかった音が、いまは手の届くところにある。

ごく少量ながら、復刻版ソフトのリリースも続いている。さらに今後は、クラシックのLPレコードを手放すひとが増えてくる。ソフト探しでもあまり苦労はしないですむだろう。

というわけで、真空管アンプでアナログ・レコードを聴く、ために環境を整えた次第。期待以上のいい音。正解だった。
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# by sasakijo | 2010-05-02 18:34 | 日記