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キブツに生きることは幸福か?

『ブラックブック』(監督ポール・バーホーベン)
ナチスやレジスタンスを相対化して描いた第二次大戦サスペンスと聞いて、期待して観始めたら、かなり露骨なシオニズム映画だった。

1956年10月のイスラエル、とあるキブツから始まる話。ちなみに、この月、第二次中東戦争が始まった。英仏の支援を受け、イスラエルがシナイ半島に侵攻したのが10月29日。映画はわざわざその直前の時点(イスラエルにヨーロッパ人観光客もいるというタイミング)から物語を語り出すのだ。

プロローグから一転して、時代は第二次大戦中のナチス占領下のオランダ、脱出に失敗したユダヤ人女性の壮絶なサバイバルの物語が始まる。裏切りにつぐ裏切りのプロット(脚本家は仕事をしすぎ)。大戦終結後「けっきょくヨーロッパなんてどこも同じだ」と、ユダヤ人女性としての冷やかな結論を見せた上で、また1956年10月に戻る。

ラストは遠くの銃声にキブツの民兵たちが戦闘態勢に入るロングショット。侵攻される者、平和を脅かされるものはユダヤ人という描き方だ。シナイ半島侵攻は「自衛の戦争であった」という主張なのだろう。

もしラストが、イスラエル軍がシナイ半島になだれこんでゆく情景であれば、歴史の皮肉を描いた、という評価もありえたかもしれない。でもあのラストは誤解のしようもないシオニズム讃歌。あのキブツの名にも、その後のシオニストの英雄が出たキブツであるとか、そういった意味が隠されているのかもしれない。

あと味が悪い。
また、同じテーマのサスペンス映画であれば、先日DVDを観た『ラスト、コーション』(監督アン・リー)のほうがはるかに深く、完成度は高い。
by sasakijo | 2009-05-03 23:21 | 日記