人気ブログランキング | 話題のタグを見る

佐々木譲の散歩地図

日記号外

現地7月15日深夜
どういうわけか、メールがサーバに拒絶されているらしい。知人がメールを送ろうとしたけれど、送信できなかったとか。実際、昨日の朝以来、「新しいメッセージはありません」状態が続いています。通常、毎日かなりの量のスパム・メールが届いているのに、この20時間近く新しいメールが一通もないというのは奇妙です。どういうことだろう。
関係各位、佐々木にメールを送りたい場合は、この書き込みに対するコメントのかたちで、送っていただけませんか。ほかの読者も読みますので、文面にはご注意をねがいますが。

これをアップしたところで、すがやさまからお助けのコメント。サーバが満杯ということのようです。どんと削除してやる必要があるようですが、ただ、このモバイルはふだんメール送受信には使っていない。メール一覧にはほんのわずかの数のメールしか残っていないのですよね。帰ってからメインのPCのほうで同じ操作をするしかないかな。
# by sasakijo | 2004-07-16 15:25

ニューヨーク日記4

ニューヨーク日記4_a0019702_55015.jpg 7月14日
前夜の就寝は2時近かったのだけれど、昨夜同様3時半に目を覚ましてしまう。すぐに誘眠剤を飲んで寝直し。8時半起床。なんとか6時間の睡眠時間確保。今回は、時差ぼけ管理がうまくいっているほうだな。

昨夜は、北海道ゆかりの会主催のウェルカム・ディナーでした。会場は上富良野出身のマスターが経営する日本食レストラン・つくし。2番街と41丁目の角。お店の前の41丁目の通りは東方面に向かって上りの坂道です。気になって、その坂道を登り切ってみると、通りは行き止まりで、正面左手目の前に国連本部ビルがありました。ここは、いい展望台です。

ウェルカム・ディナーの出席者は20人ほどだったでしょうか。V社S氏は猛烈に『Zero Over Berlin』を売ってくれまして、15冊のお買い上げ。即席サイン会。
出席者のうち、3人が新聞社特派員、編集者が3人、わたしを含めてライターがふたり。かなり業界の偏った集まりだったかもしれません。わたしにとっては、なんとなく文化を共有している、と感じられる集まりでした。
ブライアン・シュワブという青年も招待されていました。この秋から弟子屈の中学校で英語を教えるそうです。弟子屈は中標津の隣町のようなものですから、一度バーベキューにご招待しなければ。この名前、記憶しておくために、この日記にあえてフルネームで書いておきます。

おひらきになったあと、カラオケに行きませんか、という話になり、同行することに。壱番街、という、日本人のあいだでは有名らしいお店に移動。9人参加。そのうち6人が、業界関係者です。わたしはカラオケは歌いませんが、一緒に行ったひとたちとかわるがわる歓談。
カウンターの席で、ナンセンス・ソングを絶唱している人物がおりましたが、ノーベル医学賞の有力候補に数えられている日本人某氏とか。ストレスの多い仕事をしているのだろうと想像できる歌いっぷりでしたね。
1時になったところで、V社S氏と一緒に、退散することに。ほかの面々はまだまだ歌ってゆく雰囲気でしたが、みなさん、タフだ。若いということなのかな。
そういえば壱番館では、煙草オーケーでした。これってニューヨークでは非合法ですね、たしか。

きょう14日の朝は、冒頭に書いたように8時半起床。メールをチェック。やたらにウィルス感染のメールが多い。メール送信できない問題について、すがやさま、冬沢さまからアドバイス。

冷房のせいか、身体が冷えています。足がすっかり冷たくなっていて、へたをすると風邪を引きそうです。バスタブに湯を張って身体を温める。10時、ホテルを出てダウンタウンへ。チャイナタウンで中華のブランチ。

1時、V社のオフィスへ。地元日本語新聞US FrontLineのインタビューを受ける。女性レポーター氏から「ひさしぶりのニューヨークをどう感じるか」と質問されて、思わず答えてしまいました。「知的な刺激にあふれた街です」 もちろんニューヨーカー全部が知的というわけではないし、ニューヨークが知的に突出した都市というわけではありません(いつか「近況」で、フランスに傾倒している哲学者の著作をからかったことがありました)。ただ、馬、犬相手の暮しからやってきた身では、この数日、やりとりした会話のすべてが刺激的で、こんな答になったのでした。

二日間雨でしたが、きょうは晴天。気温が上がっています。V社からホテルに戻って雑用。この日記の更新も。
このあと、夕刻から、日本クラブで、『Zero Over Berlin』発刊記念のシンポジウムと懇親会。司会は日経の米州総局長・三宅誠一さんという方で、「日本発エンターテインメントの可能性」「作家の視点で見る中東・イラク問題」というテーマで語らねばなりません。前者はともかく、後者はわたしにはやや荷が重いテーマです。

写真は、V社のオフィスで、S氏と、できたてほやほやの『Zero Over Berlin』です。
# by sasakijo | 2004-07-15 05:51

ニューヨーク日記3

ニューヨーク日記3_a0019702_6302.jpg7月13日
深夜3時半に目を覚ます。ここで起きてしまうと、時差ぼけがひどいことになるので、すぐに誘眠剤を飲んで、もうひと眠り。次に目覚めたのが8時半。これでなんとか、これ以上ひどい時差ぼけにはならずにすむでしょう。

12時、北海道ゆかりの会、という言わば県人会の、その会長さんT氏と、V社S氏、そしてわたしの三人で会食。というか、T氏にごちそうになる。

食事のあと、V社のオフィスへ。出版契約書にサインするという、たいへん大事なイベント。きょうまではずっと口約束だけで進んでいたのです。とはいえ、本が出てから契約書にサインというのは、日本のほかの出版社の場合もだいたい同じですね。
さらに『エトロフ発緊急電』『ストックホルムの密使』の2冊の翻訳についても、V社でやってもらえるよう契約。もちろん、これが実現するかどうかはひとえに『Zero Over Berlin』の売れ行きにかかってくるのですが。
編集長のY氏は、『鷲と虎』をまだ読んではいなかったとのこと。帰国後すぐに文庫版を送ると約束。

オフィスの会議室を借りて、100冊の本に、アルファベットと日本語でサイン。アルファベットのサインなんてしたことがありません。どんなサインにすべきか、マーケティング担当のAさんにアドバイスを受けて、それっぽいサインを作りました。

本日は、夜に、北海道ゆかりの会主催のウェルカム・ディナー。ここで『Zero Over Berlin』を売る予定です。
遅くなるかもしれないので、日記をいまのうちにアップ。

写真は、昨日ウエストビレッジで撮ったもの。
わたしが住んでいたころ、ここにライオンズヘッドというバーがあって(左側のドア)、わたしはときどきここにビールを飲みに行きました。物書きの卵たちがよく集まっていた店らしく、店の壁にはピート・ハミルほか、ニューヨークの作家、ジャーナリストたちの最初の本のカバーがていねいにディスプレイされていた。わたしはビールを飲みながら、自分もいつか作品が翻訳されたなら、ここにそのカバーを貼ってもらいたいものだと、密かに夢見ていたのでした。いま、翻訳されるという夢は実現しましたが、残念なことに、そんな夢を育んでくれたライオンズヘッドのほうは、なくなっていた。代わりに、看板にあるようなJAZZの店ができています。変わったのは看板だけで、内装のカバーの展示がそのままだということはないかな。いずれにせよ、ライブがある店のようですし、ここには一度入ってみることにします。もしかすると、わたしがライオンズヘッドの所在地について記憶ちがいしているという可能性もなくはないのですが。
# by sasakijo | 2004-07-14 06:28

ニューヨーク日記2

ニューヨーク日記2_a0019702_235513.jpg7月12日
雨模様の空。グリニッチビレッジのほうへ散歩に。
87年の滞在のとき、わたしはニューヨーク大学(NYU)付属の英語学校に通っておりました。NYUは、ニューヨークのダウンタウン、ワシントン・スクエアの周辺に校舎が散在している大学。囲われたキャンパスを持っておりません。

この時期、わたしはアパートを3回変えましたが、一番長く住んだのはチェルシーにあるアパートでした。そこから学校まで、およそ30分歩いて通ったのです。途中、グリニッチビレッジのうち、ウエストビレッジと呼ばれているエリアを通ります。ちょっと風変わりな、いくらかクリエーティブな仕事をするひとたちの住む一帯で、ゲイも多い。わたしにとっては、たいへん懐かしいエリアです。写真は、ウエストビレッジのランドマークになっている煙草屋さん。ここが、ウエエストビレッジの真ん中にあたるでしょうか。

当時のことなどと思いだしながら歩いているうちに、雨が降ってきたので、手近なスターバックスに避難。中には、ノートPCを出して一心不乱のお客が6人いました。片側の壁際には、コンセントがあって、PCを使うひとは自由に使えるようになっています。これはありがたいサービスですね。もちろんバッテリーで使っているひともいましたが。ちなみに、PC6台のうち2台は非ウィンドウズでした。

雨が上がったところで、NYU周辺へ。さらにユニオン・スクエア。また雨が降り出したので、ピザ屋に入って昼食。雨は次第にひどくなるので、地下鉄に飛び乗って、つぎの用事のあるミッドタウンの紀伊国屋へ。支配人の市橋氏にごあいさつ。

V社S氏が届いたばかりの見本刷り『Zero Over Berlin』を持ってきてくれました。想像以上にツカ(量感)のある本です。活字がぎっしりと詰まった346ページ。新刊が出たときは、思わず頬ずりしたくなりますが、こんどももちろん。
紀伊国屋の会議室を借りて、週刊NY生活という週刊誌のインタビューを受けました。主幹の三浦良一さんはわたしの読者ということで、『ベルリン飛行指令』の単行本とコミック版も持っておりました。昨日の日記にも書いたような、作品が生まれた秘密について語りましたが、年の差のせいか、三浦氏がスピルバーグ『太陽の帝国』のことを知らなかったのは意外でした。

三浦氏は、新聞編集者であり、絵本作家でもある方でした。『キッズ・イン・ニューヨーク』という絵本をいただきましたが、これは素晴らしい絵本。絵に力があります。各国語版が出るとのことでした。

夕刻、ユニオン・スクエア近くにあるVertical Inc.のオフィスを訪ねる。担当者ひとりひとりに個室が与えられた、いかにもアメリカの企業という印象のオフィス。スタッフのみなさん(編集のYさん、マーケティング担当のAさんら)と一緒に、近くのベトナム料理店で、刊行のお祝い。

さらに、S氏の関係の某出版社のひとたちがニューヨークに出張中とのことで、このみなさんの滞在中のホテルへ(このホテルのすぐそば)。7人でお酒。ひとりを除いて、あとのメンバーがみなわたしよりもかなり若いことに愕然とします。いま、働き盛りのひとたちって、こういう年齢なのかと。

ところで、ブログの更新ができるのはよいし、メールの受信もできるのですが、なぜかメール送信だけがだめ。メールサーバのパスワードを要求される。パスワードなんてメモしてきていないものなあ。これはいったい何のトラブルなのだろう。受信ができるのだから、メールサーバにはアクセス可能な状態といことではないのかしらん。
# by sasakijo | 2004-07-13 23:56

ニューヨーク日記1

ニューヨーク日記1_a0019702_19169.jpgニューヨークにいます。マンハッタンはレキシントン街と48丁目の角、ミッドタウンの言わばホテル街の中にあるホテル。
出発前にインターネット接続に関してすがやさまに助言をもらうなどどたばたしましたが、部屋のLANケーブルを持参のモバイルPCにつなぐと、難なく接続しました。 

拙著『ベルリン飛行指令』の英語版『Zero Over Berlin』が、ニューヨークのVertical Inc.という出版社から刊行の運びとなったのです。そのセールス・プロモーション活動のため、ニューヨークにやってきた次第。と書くと、アメリカのブロックバスター作家みたいに聞こえますね。いや、その印象を狙って書いてみたのですが。じつは、さほどおおげさなものではありません。日本でも新刊が出る場合、ときには書店でサイン会をしたり、メディアの取材を受けたりしますが、こちらでも出版社が、書店や日系メディアさんに対して、いろいろ働きかけてくれたのです。

飛行機の中で考えていましたが、ニューヨークはこれで6回目です。最初は87年で、88年にかけて長めに滞在、帰るとき、1年オープンで香港ニューヨーク往復の安いチケットを買って戻り、そのチケットでまたやってきた。それをもう一回繰り返し。それから『ワシントン封印工作』の取材でワシントンDCに行った帰りに寄ったのが1回、さらに友人に呼ばれてきたのが1回ですね。

『ベルリン飛行指令』をいまなら書けるという自信を手に入れたのは、最初のNY滞在のときでした。それまでは構想はあったけれども、自分にはまだまだこれを書けるだけの作家的基礎体力がないと思っていた。ところが、この街で英語学校に通い、新しい友人たちとつきあっているうちに、少しずつ自分に体力がついてくるのを感じるようになったのです。また、早く『ベルリン飛行指令』を書かなければという意欲もどんどん高まってゆく。それで88年、日本に帰ったところで、新潮ミステリークラブの担当S氏に構想を話したのでした。担当氏が了解してくれて、書き出したのが『ベルリン飛行指令』。かなりの勢いで書きました。88年10月には刊行です。というわけで、『ベルリン飛行指令』という作品は、最初のニューヨーク体験と切り離しては考えられません。

夜、V社S氏と、食事をしながら打ち合わせ。S氏は、打ち合わせの場所に、ドイツ料理店を選んでくれました。9番街と51丁目の角、ローレンス・ブロックのマット・スカダー・シリーズの舞台になったエリアの近く。写真は、お店の看板です。
S氏は、『ベルリン』の宣伝用絵ハガキをお店のマスターに見せ、ベルリンも舞台になる小説なので、これをお客に配ってくれないかと頼んでおりました。きめ細かな販促活動。頭が下がります。

ホテルからレストランへ行くのにタクシーに乗ったのですが、動き出してもドライバーはメーターを倒さない。「メーターが動いてないよ」と文句を言うと、黒人のおっさんドライバーは、ばれたかと言うようにカラカラと笑って、7ドルでどうだ、と言う。まあ、そんなに吹っ掛けてはいないかと思いオーケーしましたが、降りてからS氏に確かめると、やはり若干高めだったようです。お上りさんと見やがったな。ああ、ニューヨークだ。
# by sasakijo | 2004-07-12 19:17